ちば古民家再生日誌
築後100年程経った民家の再生工事の様子をお伝えしています。
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住む人にふさわしいデザインを探る
2008年05月12日 (月) 12:15 | 編集
 数年前古民家再生に携わる機会を得た。
この仕事には前々から憧れていて民家再生に取り組むNPO会員にもなっていたが、なかなか話はこなかった。
あるとき近隣のマンションに住む人から相談を持ちかけられた。話を聞いてみると南房総に実家があり、九十歳になる父親がいて、その祖父つまり自分にとっては曽祖父が建てた家だというから百年は超えている。(それでも民家のうちでは比較的新しい部類に入るのだが)自分は週のうち半分は実家にいて父親の面倒をみているという。
その家は冬寒く、特に水周りは最悪で風呂に入ると風邪を引く。トイレは昔ながらの汲み取りで、上から覗くと深い便槽が見える。とても危なくて使えないのでおまるで済ませている。居間も台所も北側の日の当たらない場所にあり、夏でもコタツに当たっているという。南側の十帖二間は物置場所。それらを何とか改善したいというのだった。

kaisyumae_gaikan
改修前
 調査をしてみて色々なことが分かった。
地元の山の木でつくられていたであろうが、杉材は特に原因のあるところ以外は全く痛んでいなかった。
玉石基礎が地盤面から5センチ程度しか上がっていないのに直建て柱の足元は頗る健全。それに比べると松梁は表面が木喰い虫にやられていた。それでも径が太い丸太であるため構造材としての強度は問題なかった。関東大地震を経験してやや傾きはあったが、全体として充分再生に耐えうる状態だった。土台がなく、壁も少ないが、差し鴨居から天井のはるか上の大梁まで、ほとんど1層分あるようなたれ壁で構造が保たれていることも分かった。

kaisyugo_gaikan
改修後

 さて設計作業に入っていったが、当初は初めての民家再生ということで、肩に力が入りすぎ、思うように設計が進まなかった。
そんな折、民家再生に造詣の深いつくばの安藤邦廣氏の元を訪れることになった。
氏は我々をあちこち案内し、最後に自身の設計事務所に案内してくれた。そこは古民家を改造したもので、あまり手が加えられておらず、さりげないたたずまいであった。小屋裏の部屋に上がりこんで驚いた。大梁が完全に断裂しているのだ。
「先生大丈夫ですか」と思わず聞いてしまった。
「ああ大丈夫だよ。民家はね、あるがままにつくればいいんだよ」との応え。「あるがままにといったって」と思わずつぶやいたが、その言葉を聴いたときに力みかえっていた体の力がスッと抜けたような気がして妙に納得させられた。
それからは気負わずに設計に臨めるようになった気がする。
ちなみに現在の軸組み工法で大梁が断裂していればとても架構を維持できないが、古民家の場合、桁行き方向の小梁が何間も通しで入ったりしていて全体として持ってしまうこともある。

kaisyugo_living
リビングは元々土間であった

 プランは二間続きの和室のひと部屋を父上の部屋とし、水廻りを近接させた。
元々土間であり、30年ほど前、板の間と和室に改修していた東側の部分を広いリビングとし、北側の寝室までデッキをめぐらせた。日差しを妨げていた大きな下屋は撤去し、その代わりに玄関を中央の仏間の真南に配置した。仏間は法事や来客用の宿泊室として使う程度なので日照を気にしなくても良い。下屋を取り払って高くなりすぎた外観のプロポーションも補うこともできた。
リビングからトイレまで他の部屋を通過しなければいけない。床の段差も残った。バリアフリーを標榜する設計者にしてはイレギュラーだが、この家で連綿と営まれてきた生活の歴史や家の格式、古民家の趣といった文脈(コンテクスト)を優先させた。もちろん介護のしやすさと冬でも快適に過ごせる居住性はしっかり確保しなければいけない。もろもろの要素をあるがままに受け止め、自然体で形にする。それが大事だということを教えられた。
手探りの部分もあったが幸いご家族には気に入られ、一定の社会的評価も得られた。

kaisyugo_wasitu
和室は襖と畳を替え、壁を塗って掃除をしただけで蘇った

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